愛国心って何よ。

4061498428愛国者は信用できるか
鈴木 邦男
講談社 2006-05-19

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 実は鈴木邦男には一度だけ会った事がある。とはいえ対面ではなく、河合塾の塾生時代、講演に来ていたのだが。
 鈴木邦男は当時40そこそこの冴えないおっさん……というと失礼だが、人の好さそうな感じで、後頭部のカッパヘアといいその風貌といい、とても運動家という印象を受けはしなかった。何で左翼の巣窟である河合塾に講演に来たのかというと、河合塾講師の極左アナーキスト牧野剛と知り合いだったからだとか。貧乏だった(笑)一水会代表は、極左アナーキストの予備校教師に召喚されて、僅かながらの公演代に涙を流して喜んだと笑い話にしていたのが懐かしい。
 その後、当時はゴーマニズム宣言の比較的熱心な(雑誌をチェックしているという程度の意味で)読者だった私は、コミックに鈴木邦男の姿を見付ける度、後頭部の薄い彼の姿を思い出してニヤニヤしていたのだった。


 今じゃその鈴木邦男売国奴呼ばわりされる時代なんだね。時代の変遷を感じるよ。


 さて、この本だけれども、『愛国心』という言葉に何らかの感情を動かされる人は、兎に角一度読んで貰いたい。肯定的感情でも否定的感情でも良い。最近のネット右翼蔓延るインターネット社会に苛立ちを感じている人でも、愛国者を自認する人でも。愛国心って何? と言う根本の、当たり前と思い込んでいる部分、今この時代に光を当てる事の意味は大きい。ただメディア(この場合、インターネットなどのメディアも含む)に流れる情報を丸飲みにし、揺さぶられた感情・感覚を根にする愛国心なんて偽物だし、ルサンティマンの産物に過ぎない。絶えざる自省に依って磨かれない自己には何の価値もない。この書の中には、日本一の愛国者を自認する者の絶えざる自省がある。だから、重い。


 鈴木邦男はそのデビュー当時から、自分の立場に拘らないリベラルなスタンスが常にあった。素晴らしく柔軟性の高い人だ。(でなきゃ河合塾極左講師に呼ばれて毎年公演なんぞしませんな)未読だが「腹腹時計と狼」(Amazonからは出てこなかった……)は、左翼運動グループ「東アジア反日武装戦線〈狼〉」を取り上げた本だったし。


 鈴木邦男三島由紀夫の言葉を引用して言う。愛の概念は西洋からの輸入で、日本の概念に元々無かった物だ。全肯定的、無批判、無限定だ。しかも、押しつけがましい。愛国心は元々、家族愛や郷土愛の延長上にある物の筈だが、そこを一足飛びに飛び越えようとする忙しなさ、危なっかしさがある。
 鈴木は実体のない愛国心について、自身の経験から手厳しく批判を加える。声高らかに愛国を叫ぶ人間に限って、周りの人間に嫌われている。*1学生時代右翼活動でも、大きな声で主張する物が愛国論争では勝ったけれども、そういう連中は皆卒業すると運動を止めてしまう。愛国心は量ではない。鈴木邦男自身、愛国運動を40年以上続け、何千回も君が代を歌い、君が代を挙げ続けたと言いながら、雑誌に載せた自分の写真と共に掲揚されている君が代が汚れているのに気が付かずに愕然としたのだ。


 まずは汝自らを求めよ。愛国心について語るのはそれからでも、遅くはない。
 久々に感銘を受けた、良い本でした。

*1:街宣右翼を思い出して戴きたい! と言いたいが、ネット右翼に言わすと、街宣右翼はみんな在日って事になるんだろうな……。