わりかしネタ。大分前から温めてました。考察込みで。

「虫だから、というのが軽んじる理由になるのが天狗の浅薄さなのよ」
「はあ、そうですか。さっぱりわかりません」
 本当に莫迦ね、と、それこそ氷精にでも言いそうなあからさまな侮蔑を籠めて、八雲紫はひらひらと片手を振った。帰れ、という素振りにも見える。が、天狗の好奇心はその程度の仄めかしに引き下がる程繊細ではない。隙間妖怪も解っているのか、一瞥を投げると溜め息でも付きそうな案配で肩肘付いた。
「では一から説明します」
 教師なんか里のワーハクタクにでも任せておけば良いんだ、とでも思っていたに違いないが、ワーハクタクがもし悟りの能力でも持っていたなら全力で紫の思考を否定したに違いなかった。天狗のしつこさと謙虚さの足り無さと言ったら里のガキ大将共なんて物の比じゃないのだ。天狗は思考はもとより空気を読むなんて芸当は毛ほども持ち合わせちゃい無いから――そうでなければあんな出鱈目と仄めかしと当てこすりと臆測を並べ立てた出刃亀新聞をばらまくなんて厚顔無恥をやってのけはすまい――ただこくこくと、闇妖怪が人肉にかじり付くように頷く。
「この世で一番栄えてる生き物は何だと思う? 少なくとも万物の霊長とか言ってるおサルの子孫じゃあないわよね」
 天狗は全力で否定した。ただし、意味は解ってない。多分妖怪が、程度にしか思っていないのだろう。
「そゆこと」
「はあ、つまり……」
 頭悪いわね、と今度は聞こえるように毒突きつつ、紫は天狗を睨め付けた。
「この地上で最も栄えている生物は菌類です。嘘だと思ったら蓬莱の薬屋さんにでも効いて御覧なさい。月の事情は知らないけれど、地上で菌のいない場所なんかどこにもないわよ。細菌だとかウィルスだとか、それこそ世界中で猛威を振るっているわ。その強さと来たら妖怪だって叶わない」
「えー、うっそ…………いや、でも……」
 細菌と菌類は違うのだけど、この際細かい事はどうでも良かった。どうせ説明したって解らないのだ。
「小さくて目にも見えない物を軽んじるのは、力ある者の悪い癖。納得した?」
「あ、はいその通りです。でも、リグルが『本当は』強いかもしれない理由にはならないんじゃあ……」
「幻想郷では弱いわよ。ここは知恵ある者が優位になる世界となる様に作られているから」
「貴女がそうしたんじゃないですか……で、何でです」
「強いからに決まってるじゃない」
「いやだから」
 あからさまにそのままを言われて、KY天狗も漸く自分が馬鹿にされているのに気付いたらしい。気付いたか、と、隙間は不満げな天狗の頬を軽くつついた。
「からかってもダメです」
「左様ですか、マスコミ大明神」
「答えて下さい。とっても知りたいです」
「知恵ある者が優位になる世界でも、盲目の力、大自然の脅威には勝てないからよ。虫ってどういうところが怖ろしいかしら?」
「うーん……ツツガムシの恐ろしさですかねえ、幻想郷縁起にはそんな事が書かれてましたけど」
「ハズレ。自分の頭で考えてみなさいな」
「……蚊、でしょうか。病原菌を媒介しますし……」
「発想は悪くないわ。でも不正解。ヒントあげるわ。もう少しマクロに考えてみて」
 射命丸は本気でまるきゅう扱いされているのに好い加減苛立って、隙間との距離を詰めた。
「蝗。どうです、正解でしょう」。
「ピンポーン。この閉鎖的な幻想郷で蝗が大発生なんかしたら、瞬時にして崩壊するわ。今まで私達が重ねてきた苦労も水の泡。妖怪の桃源郷は夢幻と消えました、ってなるわ」
「なるほど、だから……ちょっと待って下さい、という事はリグルは蝗の妖怪だったんですか?」
「誰もそんな事言って無いじゃないの。確かにリグルは蝗くらい操れるでしょうけど、キモはそこじゃないわ」
 紫はずい、と天狗との距離を詰めた。
「先程も言ったわよね。盲目の力ほど怖ろしい者はないと。愚か者にも知恵や心はあるけれど、知恵すらもない本能と反応の塊では弾幕ごっこも出来ないわ。ルールを理解させることさえ出来ないのだから。そういう『妖怪』も沢山いるし、この結界には惹き付けられる。さあ、貴女ならどうする?」
「そんな妖怪はお引き取り願うしかないですね。私にはどうしようもないですし」
「想像力の欠片もないのね」
「憶測で記事を書くわけには行きませんから」
 嘘ばっかり、と隙間も今度は大きく溜め息を付いた。
「形を与えればいいのよ。幻想郷では『少女』という雛形を準備したわ。ちょっとした知性を付与し、形を与える。幻想郷の妖怪に何故少女が多いかという理由でもあるわね」
「雛形がある方が簡単だから、ですね」
「そういう事。沢山の妖怪が流れてくるんだから、一々個別に形を与えるのは大変だものね。リグルに関しては、虫の妖怪という事で属性も弄ったわ。虫を操る妖怪だから、下手な属性を与えては怖ろしい力を野放しにする事になりかねない。幻想郷の人間達と程良く折り合いを付けられ、強い謂われを持たない虫……」
「だから蛍なんですね。なるほど人間は蛍が好きですからね。特に害もないし、草の露を食べるだけの害のない生き物ですし。……でも蝶や蜂ではいけなかったんですかね?」
「蝶は魂の比喩として使われる生き物だし、霊的な謂われが大きすぎるわ。希臘では不死の象徴、神の生き物よ。蜂も悪くはないけれど、スズメバチは怖いし、下手に憎まれる存在になって人間を恨むようでは困るのよ。蛍火なんて妖怪もいるから相性は悪くないし」
「なるほど、『チルノの相手がちょうどいい』くらいでないと困るんですね」
「貴女がこれから書く記事を読んで理解できる程度の知性はあると思うけど。という訳で、この記事は没」
「えーっ!」
 射命丸の素っ頓狂な抗議に紫は事も無げにいらえた―――顔色一つ変えるでも眉毛を上げるでも、声のトーンを落とすでもなく。
「幻想郷の危機に関わることだもの。……『チルノの尻を追いかけてるのがちょうどいい』位の貴女でも解るでしょ?」
「……はい」

 こうして、文々。新聞の特集記事がまた一つ闇に葬られた。